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I want to... Dream as if I'll live forever. Live as if I'll die today.
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大学の課題小説その1。
大学の周辺を歩いて、その時の風景の描写練習をしつつ、
2400字程度でなんか書いてみよー、という課題です。
せっかくなのでこちらにもアップしてみました。

一番最初にイメージが湧き上がってきて、本提出したのもこの作品です。
個人的には気に入っているんですが…うーん、あくまで、個人的に、だからなぁ。
ちょっと自己完結しすぎちゃったかな、と少し反省。

一言だけ。
語り手は、「目白庭園」です。
 




 踏切が鳴っている。角の削れたような、少しくたびれたような、とにかく、どこか間の抜けた音を点滅させながら。遮断機が下がった。ふわりと道を塞がれて、彼女は足を止めた。
 
 ラン、ファン、ラン、ファン、ラン――
 
 私はそれを、少し離れたところから眺めていた。
 春から初夏へ、太陽だけが一足飛びしてしまったような日だった。まだあどけない緑たちが、陽の光を受けて、つやつやと光っている。ひんやりした彼らに囲まれているのは、気持ちが良いのだ。木漏れ日の風を感じながら、私は蝉の声を懐かしく思い出していた。容赦ない太陽に照りつけられ、ぐったりした昼下がりには、彼らの恋唄がなくてはならない。夜の静寂はいいが、昼の静寂は、駄目だ。死んでいるような気分になる。
 聞こえるのは踏切の音だけだった。静かだった。鳥たちは、急な暑さに耐えかねて木陰に避難しているし、人間も、今は遮断機の前に佇んでいる彼女しか見えなかった。今日は恐らく、ほとんど人が来ないだろう。私は退屈だった。自然と、彼女の方へ視線が向いた。
 オール五、を擬人化したような少女だった。ピンと背筋を伸ばして、細く白い足をぴったりと揃えて、立っている。紺の制服のスカートの長さは、ちょうど膝の裏のくぼみが隠れるくらいまで。少し離れているから分かりにくいが、ローファーにも汚れ一つない。長い黒髪を、うなじの少し上のあたりで、無地のゴムで一つにくくっている。最近はあまり見かけなくなった学生鞄を、両手で提げているらしい。この暑いのに、手はぴったりと身体の前面に張り付いていた。なるほど、と私は頷く。珍しい。よく手入れされている。
 顔は見えなかったが、美しいだろうと私は確信していた。何より彼女の周りの空気が、丁寧に刈り込んだように、ぴしりと整っていた。きっと、多くの人に好かれていることだろう。
 
 ラン、ファン、――
 
 唐突に、踏切の音が掻き消される。ごおっ、と風が吹きすぎ、黄色く古びた電車が通り過ぎて行った。彼女のスカートが、ぱたぱたと翻った。遮断機は、上がらなかった。反対方向の矢印が点滅して、また、ランファンランファン、が始まった。
住宅街を貫く、狭い道だ。両側を塞ぐように家が並んでいるから、細く続く道と、踏切と、家並み以外、私には何も見えなかった。この細い路地に交差して走っているはずの線路も、見たことがない。電車はいつも唐突に表れて、走り抜けていく。踏切に分断されても、道は、何事もなかったように細く遠くへ続いている。私は向うへ行ったことがないし、行けるはずもない。
 ふいに、彼女が首を(めぐ)らせたので、私もつられて視線を動かした。反対側の遮断機の前に、どこから現れたのか、もう一人、人影が立っていた。
押し流すようにやってきた電車が、私の視界を塞いだ。けれど、その姿を目に焼きつけるには、その前の一瞬で、十分だった。
醜い少女だった。――ずれた高さで二つに束ねた、ぼさぼさの長い髪。そばかすだらけの顔。薄汚れたTシャツ。赤いプリント。穴があき、斜めにずり下がった、カーキ色のキュロット。でっぱった膝小僧。そして、見間違いでさえなければ――彼女、は、裸足だった。私は自分の目を疑った。銀色に鈍く光る電車のボディを、轟音と共に視界を塞ぐそれを、凝視した。早く、早く道を開けろ、早く早く!
電車は消えた。遮断機が上がり、彼女は(私は)、立ち竦んで、こちらへ裸足でやってくる少女を呆然と見つめていた。軽蔑の色を浮かべる暇もなかった。目を逸らさなければ、と思っているのに、私の(彼女の)視線は、少女に釘づけになっていた。
Tシャツのプリントではなかった。少女は、小さな植木鉢を抱えていた。ゼラニウム。薄汚れた胸元で、真っ赤な花が煌々と揺れていた。こんなに赤い、赤を、私は(私は)見たことがなかった。彼女は(私は)、引っ掴まれたように立ち尽くしていた。ふうっと少女が彼女を(私を)見た瞬間も、ゼラニウムに囚われたまま、動けなかった。醜い少女の、ぞっとするほど美しい瞳が、真っ直ぐに、(――を)射抜いた。
 
 
 
瞬き一つの間だった。ふいと視線を外し、少女はすたすたと歩いて行ってしまった。遠くなっていく少女の後ろ姿を、彼女は(私は)、薄く口を開けて見送っていた。追いかけることは出来なかった。動くことは出来なかった。
 
 カン、カン、カン、カン、
 
 また踏切が鳴りだしていた。遮断機が、静かに下がった。随分時が経ってから、彼女は、のろのろと顔を上げて、私を見上げた。私の確信は間違っていなかった。彼女は美しかった。とても大切に造り上げた庭園のような、端整な顔立ちが、私と目が合ったとたん、くしゃくしゃに歪んだ。
 彼女は駆けだした。踏切の向こう側へ。私は追いかけられなかった。追いかけられるはずもなかった。遠くなる後姿が、細い道の向うへ消えていくのを、私は、ただじっと見つめていた。
 
 
「……あれえ、おかしいな」
 一人の人間が、私の前に立って、首を傾げていた。眉根を寄せて、私を睨みつけている。もう一人、踏切の向こうから人間がやってきて、その誰かの隣に並んだ。
「どうしたんですか?」
「いや、ね、せっかく来たんだけど……ほら」
「……ああ、なるほど。ええ、今日は休園日なんですよ。良いお天気なのに、残念でしたね」
「こういう日に散歩したら、気持ちがいいと思ったんだけどなぁ。残念だよ。仕方ないね、また来るさ」
「実際、目白庭園を歩くなら今が一番ですよ。何て言ったって、五月、新緑の季節ですからね。きっと美しいでしょう」
「ああ、この庭園は本当によく手入れされているからなあ」
「池の周りを歩くだけでも最高でしょうねえ……」
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